ときに『怜』和五年夏。
ここは霊峰・富士の裾野に作られた武應学園塾。
関ケ原の戦いの後よりえんえんと、徳川幕府の世が四百年以上続く日の本の、将来を担う武家の子女が学び暮らす、幼稚舎から大学院までを擁する広大なキャンパスである。
その一角に建つ、柳生道場で、ある日︙︙。
ドタドタドタバタンッ!
派手に床板を踏み鳴らし、蹴り破るように襖を開けて飛び込んで来たのは、
「大変大変! 大変だよ、お兄ちゃん! 大変っ‼」
「十兵衛! どうしたんだ?」
呼ばれたとおり、柳生十兵衛だ。そして驚いて目を向ける柳生宗朗。剣術道場の広間に緊張が走る。
「なんじゃ、敵の討ち入りか!?」
「︙︙‼」
居合わせた真田幸村が声を上げ、後藤又兵衛が槍を構えて立ち上がった。とっさに、主の幸村をかばう位置を占めている。
しかし、当の十兵衛、まるで寝起きのようなクシャクシャの髪で、はぁはぁと荒い息を喘がせる。
いつもの着衣もすっかり乱れて、胸元など豊かな膨らみがこぼれ落ちそうだし、ワンピースの裾からはやはり、みずみずしい太股がまぶしく覗いていた。
紅潮した頬で、
「違うよ! 敵じゃないよ、マクラだよ!」
切羽詰まって言い立てる、その言葉に誰もが、
「?」
を頭の中に描く。
「ま︙︙、くら?」
「マクラって、あの、眠るときの」
又兵衛までが口を開き、十兵衛が大きくうなずいた。
「そう! でも違うの、マクラはマクラでも、ダキマクラなの! 十兵衛、ダキマクラになっちゃうんだよ‼」
そして二度目の、十兵衛以外全員
「?」
「だき、マクラ? 〝抱き枕〟ということか。なんじゃ、抱き枕、とは」
博学の幸村にもわからないらしい。宗朗も、
「ぼくもよく知らないけど、それって枕の一種なのかい? それにしても、抱き、っていうくらいだから」
「きっと抱きついて来るんだよ! 枕が、寝てる間に抱きついて来たらどうしよう! 十兵衛、枕になってお兄ちゃんに抱きついちゃうの!?」
誰もわかっていない上に、当の十兵衛など自分から言い出しながら、ますます混乱しているようだ。
「待て! 落ち着け! 落ち着くのじゃ!」
「けど、それならいいっ! 十兵衛、抱き枕になるっ! 人間枕になって、寝てるお兄ちゃんに抱きついちゃう! ねっ! やったぁ!」
「うわっ! いま抱きついて来たらダメだよ! ていうか、ええっ? なんで下着、つけてないんだ? 困る︙︙、うっぷぷぷ!」
「あ、こらっ! なにをやって︙︙、離れよ! 愚か者、離れぬか!」
「︙︙」
幸村があわてて十兵衛を宗朗から引き剥がそうとするが、小さな身体ではとうていおぼつかない。
といって、又兵衛のほうは、どうしていいかわからないというようす。
「やだぁ! 十兵衛、抱き枕になるぅ! 抱き枕になって、お兄ちゃんと毎晩抱っこ寝するんだもんっ! だってもう十兵衛、抱き枕だから、しかたないの! ねっ! ね、お兄ちゃん!」
「それはきっと抱き枕と違うよ、十兵衛! とにかく離れて、まだ枕じゃないんだから、生身だからっ! いったん離れなさい、うあぁあっ!」
「十兵衛ばかりさわるでない! わしのこともさわらぬか、どさくさに紛れよ! 苦しゅうない、さわって︙︙、きゃっ! ど、どこをさわっておる! いくらなんでも、さわって良いところと悪いところが」
「さわってない、ぼくはどこも自分からさわってないぃ︙︙!」
「︙︙」
道場の広間がカオスになりかけたころ、
「ちょっと! 何やってるのよ、みんなで!」
「なんの騒ぎですか、さっきから、みなさん!」
ガラッ、またも勢いよく襖が開いて入って来たのはふたり、
「千姫さま!」
それに、
「半蔵、ちょうどよい、お主は知っておるのか、抱き枕とやらを」
幸村が問いかけるのは、千姫の従者、服部半蔵だ。
「なによ、そんなくだらないことで騒いでいたの? 宗朗も。まったく呆れるわね。半蔵、教えてあげなさい」
「抱き枕、ですか。それならいちおう存じています」
千姫に言われ、半蔵は眼鏡をくぃっ、と指で持ち上げる。得意げな仕草で続けた。
「抱き枕とは、女性の寝姿を原寸大プリントした大きな長枕のことです。殿方が抱きついて、興奮するためのものですね」
「抱きついて︙︙」
「興奮、じゃと」
唖然となる又兵衛と幸村を横目に、
「聞いた!? やったね! お兄ちゃん、十兵衛、抱きついちゃうよ! ほらほら、きゃぁ~!」
「違っ! やめなさい、十兵衛! 逆! 逆だよ、男の方が枕に抱きつくから抱き枕、って」
「え~っ、お兄ちゃん、すごぉい、積極的ぃ! 十兵衛、照れちゃうよぉ、でも、ぜんぜんオッケーだからぁ、はいっ!」
「だから違う︙︙、いや、抱きつくのは確かに男の方だけど、ぼくから抱きついたりしない、って、わわぁっ、やっぱり抱きついて来てるじゃない、か︙︙、うぐっ!」
どうやら揉み合っているうちに、十兵衛のパンチがいつの間にかヒットしたらしく、宗朗が悶絶するなど、
「ええいっ、いい加減にせいっ! いつまでやっておるのじゃ、離れよ、と言ったら︙︙、離れるのじゃぁあっ!」
︙︙。
結局、幸村が大鉄扇を振りかぶり、ごく至近距離からいまにも投げつける、という段にいたって、十兵衛もようやく離れた。いや正確には、瞬間、無意識に受けの構えを取ったところを又兵衛に引っ張り剥がされた。
「ごめんなさい︙︙、反省してるの。十兵衛、抱き枕になったらお兄ちゃんに抱いてもらえるって思って」
「もうよい。ようやく認識のねじれは直ったようじゃがの」
「だから、問題の最初に戻りなさいよ。どうして十兵衛が抱き枕になるの? 誰がそんなこと決めたのよ」
「それなら、情報をつかんでいます。これ、です」
と半蔵が差し出したのはスマホ︙︙、もとい万能電脳手帳。ようはスマホ、のようなものだ。
「なになに、スポンサーさまのご意向により︙︙、じゃと」
「ならば、是非もないことかと」
「そうねー、仕方ないわね、スポンサーが言うんじゃぁ」
「はぁ、そういうことになるのかぁ」
宗朗までが、ある意味納得する中、
「すっぽんさん? って、なに? ね、お兄ちゃん」
騒ぎを起こした本人の十兵衛だけが、きょとん、と目を見開いている。
が、
「すっぽんじゃなくて、スポンサー! そんなことより! わかったわ! スポンサーが望むなら、この千が抱き枕になってあげようじゃない!」
不意に立ち上がった千姫、やにわに宣言する。
「どういうことじゃ!」
「わからない? べつに十兵衛って最初から決めなくたって、この中でいちばん魅力的な女のコが抱き枕のモデルになれば、みんながよろこぶでしょ? だったら、武應学園塾旗本生徒会副会長の、この徳川千こそがふさわしいに決まってるじゃない!」
「さすがお姫(ひい)さまです! お姫さまが抱き枕でキマリです!」
「千だけじゃなく、半蔵、おまえもやるのよ。といっても千の引き立て役なんだからね、そのへん、わかってるわよね!」
「えっ、は、はい︙︙、ひぃー!」
なぜかなし崩し的に半蔵までが抱き枕モデルに強精立候補だ。
「ま、待ってください千姫さま! なにも千姫さまがやらなくても」
「いや、おもしろい。千がやるというのなら、誰にでも立候補の権利はあるということじゃな」
「えっ、まさか幸村、キミも」
「幸村さまがやるのなら、この又兵衛もお供する所存にございます。︙︙恥ずかしい、ですけれど」
又兵衛までもが、頬を染めながらも退かない覚悟だ。
「わぁ、すごぉい! やろ! やろぉ! みんなで抱き枕になっちゃおうー!」
はしゃぐ十兵衛。相変わらずわかっていないようではあるが。
「ちょっと待って! やりたいのは自由だけど、ただ寝そべって写真を撮るだけじゃダメなんだから」
「どういうことじゃ」
「半蔵の説明にもあったでしょう。殿方がよろこんで興奮したりするのでなければ、それはただの大きな枕てだけよ」
「ちなみに、市場に出回っている抱き枕は、こんな感じになります」
得意げな千姫の説明に半蔵が、かざして見せた万能電脳手帳の画面には既存の抱き枕の画像が。一同、
「こ、これは」
「けっこう刺激的、じゃな」
「わーい、かわいい女のコいっぱい! やっぱり十兵衛がいちばんなの! でもなんでみんな裸なの?」
「裸じゃないよ、十兵衛! ほら、水着とか下着とか︙︙、うっ、これは、ちょっと」
顔を見合わせたり頬を赤らめたり。宗朗は途中で口ごもる。
「これでわかった? 千がいちばん抱き枕にふさわしい、って。そうとなったら、半蔵! 千の水着を用意して!」
「はい、お姫さま。すでに」
「さすが伊賀忍軍ね、用意がいいわ、って︙︙、えっ、なにこれ! 紐︙︙!」
差し出された紐、もとい水着を見つめて真っ赤になる千姫。しかし半蔵はむしろ自信たっぷりに、眼鏡を指で持ち上げる。
「殿方に選ばれ、胸を高鳴らせるためなら。むしろお姫さまのステキなプロポーションを隠すなど罪! この半蔵、間違いございません」
「そ、そうね、そうだったわ。このくらい、なんともないっていうか、ふんっ! 幸村、あなたはどうなのよ。お子さまにはスクール水着くらいがお似合いじゃなくって」
内心の動揺からか千姫は、むしろ幸村を挑発する挙に。
「なんじゃと! 言わせておけば。又兵衛! われらも準備するのじゃ!」
「はい、幸村さま」
「わーいわーい! ゆっきーも千姫さまも抱き枕だー! 十兵衛もがんばるー!」
︙︙およそ一時間後。
「ど、どう? どうなの!? なんとか言いなさいよ、宗朗! ちゃんと千を見て! う、ううん、見ないでぇっ!」
「そんな、千姫さま︙︙、げふっ!」
超、とかマイクロ、とかを超えたきわどいビキニ姿の千姫、開き直りきれずに振り上げた足が宗朗の顔を直撃する。
「暴れるでないわ! なにも露出するだけが能ではない。わらわのように可憐な水着なら男子(おのこ)の目をくぎ付けじゃ!」
という幸村、スクール水着ではないが、ピンクの水着は明らかに女児用。腰にはミニスカート状のフリルが広がり、安心のローレグタイプ。
「さすがです、幸村さま」
「すばらしいです、輝いています、お姫さま!」
そう言う又兵衛と半蔵。又兵衛は胸さらしに下帯、のいつものスタイル。半蔵は千姫に付き合って、首から股間までを「V」の字状に繋いだVスリングに身をつつみ、自分で赤面しながらも千姫を讃える。
「見て見て! 十兵衛なんか、ほらぁ!」
そこへ飛び出してきた十兵衛。身体にバスタオルを巻きつけている。おもむろに胸元に手をかけて、
「やめるんだ十兵衛、それはもう水着じゃ、な︙︙」
止めようとする宗朗も間に合わず、バッ、とバスタオルを広げると、そこには、
「えへっ! 大丈夫、裸じゃないよ、ちゃんと隠してるから」
肌の要所要所に小さなシールが。どうやらそれが水着替わりらしい。
「なにやってるのよ十兵衛! 千より面積小さいなんて!」
「なんと破廉恥な! じゃがこれで出そろった。さぁ宗朗! 誰の抱き枕を選ぶのじゃ!」
「えっ、なんでぼくが審査するんだ。聞いてないよ!」
「おまえしかいないじゃない! さっさと千を選びなさいよ!」
迫るふたり。そこへ、
「ちょっと待った、ですわ! この直江兼続を差し置いて、勝手に抱き枕コンテストとは許しがたいですわよ!」
またまた襖を勢いよく、いや勢い良すぎて蹴倒しながら現れた兼続。
その姿は、素肌にリボンをグルグル巻きつけただけ。赤いリボンが肌に映えてじつに鮮やかだ。
「兼続、キミまで」
「だけではございません。義仙も推参いたします」
こんどは天井板が吹き飛び、その破片とともに落ちて来た柳生義仙。一見、黒の超ビキニ、と見せて、ハーフスルーのボンデージ下着を身にまとっていた。
「ウキュッ!」
さらに義仙の肩には、
「わーい、さっちんも抱き枕だぁー!」
佐助までが。笑顔で声を上げる十兵衛。当の佐助、ふだんの猿形態で、さすがに水着はまとっていない。
「どうなってるんだ。みんなそんなに抱き枕になりたいのかい? こんなのもうぼくにはジャッジできないよ! だからみんな、もう服を着て、あとは話し合いで︙︙」
「ダメよ! 千がここまでやってるんだから! 宗朗! とっとと千を選びなさい!」
「屈するでないぞ、宗朗! わらわを選ぶのじゃ、ロリ属性をあなどるな!」
「お兄ちゃんは十兵衛に決まってるの! ねっ、ねっ! お兄ちゃん!」
そんなふうに、夜が更けても議論は白熱するばかりで、いっこうに収まる気配もなかった。
「︙︙考えてみれば、枕が抱くのではなく抱かれるのだから、抱き枕ではなく、抱かれ枕、が正しいのではないのか」
ボソッ、とつぶやく声が混じった。
「その声は︱︱十兵衛、さん!?」
ここは霊峰・富士の裾野に作られた武應学園塾。
関ケ原の戦いの後よりえんえんと、徳川幕府の世が四百年以上続く日の本の、将来を担う武家の子女が学び暮らす、幼稚舎から大学院までを擁する広大なキャンパスである。
その一角に建つ、柳生道場で、ある日︙︙。
ドタドタドタバタンッ!
派手に床板を踏み鳴らし、蹴り破るように襖を開けて飛び込んで来たのは、
「大変大変! 大変だよ、お兄ちゃん! 大変っ‼」
「十兵衛! どうしたんだ?」
呼ばれたとおり、柳生十兵衛だ。そして驚いて目を向ける柳生宗朗。剣術道場の広間に緊張が走る。
「なんじゃ、敵の討ち入りか!?」
「︙︙‼」
居合わせた真田幸村が声を上げ、後藤又兵衛が槍を構えて立ち上がった。とっさに、主の幸村をかばう位置を占めている。
しかし、当の十兵衛、まるで寝起きのようなクシャクシャの髪で、はぁはぁと荒い息を喘がせる。
いつもの着衣もすっかり乱れて、胸元など豊かな膨らみがこぼれ落ちそうだし、ワンピースの裾からはやはり、みずみずしい太股がまぶしく覗いていた。
紅潮した頬で、
「違うよ! 敵じゃないよ、マクラだよ!」
切羽詰まって言い立てる、その言葉に誰もが、
「?」
を頭の中に描く。
「ま︙︙、くら?」
「マクラって、あの、眠るときの」
又兵衛までが口を開き、十兵衛が大きくうなずいた。
「そう! でも違うの、マクラはマクラでも、ダキマクラなの! 十兵衛、ダキマクラになっちゃうんだよ‼」
そして二度目の、十兵衛以外全員
「?」
「だき、マクラ? 〝抱き枕〟ということか。なんじゃ、抱き枕、とは」
博学の幸村にもわからないらしい。宗朗も、
「ぼくもよく知らないけど、それって枕の一種なのかい? それにしても、抱き、っていうくらいだから」
「きっと抱きついて来るんだよ! 枕が、寝てる間に抱きついて来たらどうしよう! 十兵衛、枕になってお兄ちゃんに抱きついちゃうの!?」
誰もわかっていない上に、当の十兵衛など自分から言い出しながら、ますます混乱しているようだ。
「待て! 落ち着け! 落ち着くのじゃ!」
「けど、それならいいっ! 十兵衛、抱き枕になるっ! 人間枕になって、寝てるお兄ちゃんに抱きついちゃう! ねっ! やったぁ!」
「うわっ! いま抱きついて来たらダメだよ! ていうか、ええっ? なんで下着、つけてないんだ? 困る︙︙、うっぷぷぷ!」
「あ、こらっ! なにをやって︙︙、離れよ! 愚か者、離れぬか!」
「︙︙」
幸村があわてて十兵衛を宗朗から引き剥がそうとするが、小さな身体ではとうていおぼつかない。
といって、又兵衛のほうは、どうしていいかわからないというようす。
「やだぁ! 十兵衛、抱き枕になるぅ! 抱き枕になって、お兄ちゃんと毎晩抱っこ寝するんだもんっ! だってもう十兵衛、抱き枕だから、しかたないの! ねっ! ね、お兄ちゃん!」
「それはきっと抱き枕と違うよ、十兵衛! とにかく離れて、まだ枕じゃないんだから、生身だからっ! いったん離れなさい、うあぁあっ!」
「十兵衛ばかりさわるでない! わしのこともさわらぬか、どさくさに紛れよ! 苦しゅうない、さわって︙︙、きゃっ! ど、どこをさわっておる! いくらなんでも、さわって良いところと悪いところが」
「さわってない、ぼくはどこも自分からさわってないぃ︙︙!」
「︙︙」
道場の広間がカオスになりかけたころ、
「ちょっと! 何やってるのよ、みんなで!」
「なんの騒ぎですか、さっきから、みなさん!」
ガラッ、またも勢いよく襖が開いて入って来たのはふたり、
「千姫さま!」
それに、
「半蔵、ちょうどよい、お主は知っておるのか、抱き枕とやらを」
幸村が問いかけるのは、千姫の従者、服部半蔵だ。
「なによ、そんなくだらないことで騒いでいたの? 宗朗も。まったく呆れるわね。半蔵、教えてあげなさい」
「抱き枕、ですか。それならいちおう存じています」
千姫に言われ、半蔵は眼鏡をくぃっ、と指で持ち上げる。得意げな仕草で続けた。
「抱き枕とは、女性の寝姿を原寸大プリントした大きな長枕のことです。殿方が抱きついて、興奮するためのものですね」
「抱きついて︙︙」
「興奮、じゃと」
唖然となる又兵衛と幸村を横目に、
「聞いた!? やったね! お兄ちゃん、十兵衛、抱きついちゃうよ! ほらほら、きゃぁ~!」
「違っ! やめなさい、十兵衛! 逆! 逆だよ、男の方が枕に抱きつくから抱き枕、って」
「え~っ、お兄ちゃん、すごぉい、積極的ぃ! 十兵衛、照れちゃうよぉ、でも、ぜんぜんオッケーだからぁ、はいっ!」
「だから違う︙︙、いや、抱きつくのは確かに男の方だけど、ぼくから抱きついたりしない、って、わわぁっ、やっぱり抱きついて来てるじゃない、か︙︙、うぐっ!」
どうやら揉み合っているうちに、十兵衛のパンチがいつの間にかヒットしたらしく、宗朗が悶絶するなど、
「ええいっ、いい加減にせいっ! いつまでやっておるのじゃ、離れよ、と言ったら︙︙、離れるのじゃぁあっ!」
︙︙。
結局、幸村が大鉄扇を振りかぶり、ごく至近距離からいまにも投げつける、という段にいたって、十兵衛もようやく離れた。いや正確には、瞬間、無意識に受けの構えを取ったところを又兵衛に引っ張り剥がされた。
「ごめんなさい︙︙、反省してるの。十兵衛、抱き枕になったらお兄ちゃんに抱いてもらえるって思って」
「もうよい。ようやく認識のねじれは直ったようじゃがの」
「だから、問題の最初に戻りなさいよ。どうして十兵衛が抱き枕になるの? 誰がそんなこと決めたのよ」
「それなら、情報をつかんでいます。これ、です」
と半蔵が差し出したのはスマホ︙︙、もとい万能電脳手帳。ようはスマホ、のようなものだ。
「なになに、スポンサーさまのご意向により︙︙、じゃと」
「ならば、是非もないことかと」
「そうねー、仕方ないわね、スポンサーが言うんじゃぁ」
「はぁ、そういうことになるのかぁ」
宗朗までが、ある意味納得する中、
「すっぽんさん? って、なに? ね、お兄ちゃん」
騒ぎを起こした本人の十兵衛だけが、きょとん、と目を見開いている。
が、
「すっぽんじゃなくて、スポンサー! そんなことより! わかったわ! スポンサーが望むなら、この千が抱き枕になってあげようじゃない!」
不意に立ち上がった千姫、やにわに宣言する。
「どういうことじゃ!」
「わからない? べつに十兵衛って最初から決めなくたって、この中でいちばん魅力的な女のコが抱き枕のモデルになれば、みんながよろこぶでしょ? だったら、武應学園塾旗本生徒会副会長の、この徳川千こそがふさわしいに決まってるじゃない!」
「さすがお姫(ひい)さまです! お姫さまが抱き枕でキマリです!」
「千だけじゃなく、半蔵、おまえもやるのよ。といっても千の引き立て役なんだからね、そのへん、わかってるわよね!」
「えっ、は、はい︙︙、ひぃー!」
なぜかなし崩し的に半蔵までが抱き枕モデルに強精立候補だ。
「ま、待ってください千姫さま! なにも千姫さまがやらなくても」
「いや、おもしろい。千がやるというのなら、誰にでも立候補の権利はあるということじゃな」
「えっ、まさか幸村、キミも」
「幸村さまがやるのなら、この又兵衛もお供する所存にございます。︙︙恥ずかしい、ですけれど」
又兵衛までもが、頬を染めながらも退かない覚悟だ。
「わぁ、すごぉい! やろ! やろぉ! みんなで抱き枕になっちゃおうー!」
はしゃぐ十兵衛。相変わらずわかっていないようではあるが。
「ちょっと待って! やりたいのは自由だけど、ただ寝そべって写真を撮るだけじゃダメなんだから」
「どういうことじゃ」
「半蔵の説明にもあったでしょう。殿方がよろこんで興奮したりするのでなければ、それはただの大きな枕てだけよ」
「ちなみに、市場に出回っている抱き枕は、こんな感じになります」
得意げな千姫の説明に半蔵が、かざして見せた万能電脳手帳の画面には既存の抱き枕の画像が。一同、
「こ、これは」
「けっこう刺激的、じゃな」
「わーい、かわいい女のコいっぱい! やっぱり十兵衛がいちばんなの! でもなんでみんな裸なの?」
「裸じゃないよ、十兵衛! ほら、水着とか下着とか︙︙、うっ、これは、ちょっと」
顔を見合わせたり頬を赤らめたり。宗朗は途中で口ごもる。
「これでわかった? 千がいちばん抱き枕にふさわしい、って。そうとなったら、半蔵! 千の水着を用意して!」
「はい、お姫さま。すでに」
「さすが伊賀忍軍ね、用意がいいわ、って︙︙、えっ、なにこれ! 紐︙︙!」
差し出された紐、もとい水着を見つめて真っ赤になる千姫。しかし半蔵はむしろ自信たっぷりに、眼鏡を指で持ち上げる。
「殿方に選ばれ、胸を高鳴らせるためなら。むしろお姫さまのステキなプロポーションを隠すなど罪! この半蔵、間違いございません」
「そ、そうね、そうだったわ。このくらい、なんともないっていうか、ふんっ! 幸村、あなたはどうなのよ。お子さまにはスクール水着くらいがお似合いじゃなくって」
内心の動揺からか千姫は、むしろ幸村を挑発する挙に。
「なんじゃと! 言わせておけば。又兵衛! われらも準備するのじゃ!」
「はい、幸村さま」
「わーいわーい! ゆっきーも千姫さまも抱き枕だー! 十兵衛もがんばるー!」
︙︙およそ一時間後。
「ど、どう? どうなの!? なんとか言いなさいよ、宗朗! ちゃんと千を見て! う、ううん、見ないでぇっ!」
「そんな、千姫さま︙︙、げふっ!」
超、とかマイクロ、とかを超えたきわどいビキニ姿の千姫、開き直りきれずに振り上げた足が宗朗の顔を直撃する。
「暴れるでないわ! なにも露出するだけが能ではない。わらわのように可憐な水着なら男子(おのこ)の目をくぎ付けじゃ!」
という幸村、スクール水着ではないが、ピンクの水着は明らかに女児用。腰にはミニスカート状のフリルが広がり、安心のローレグタイプ。
「さすがです、幸村さま」
「すばらしいです、輝いています、お姫さま!」
そう言う又兵衛と半蔵。又兵衛は胸さらしに下帯、のいつものスタイル。半蔵は千姫に付き合って、首から股間までを「V」の字状に繋いだVスリングに身をつつみ、自分で赤面しながらも千姫を讃える。
「見て見て! 十兵衛なんか、ほらぁ!」
そこへ飛び出してきた十兵衛。身体にバスタオルを巻きつけている。おもむろに胸元に手をかけて、
「やめるんだ十兵衛、それはもう水着じゃ、な︙︙」
止めようとする宗朗も間に合わず、バッ、とバスタオルを広げると、そこには、
「えへっ! 大丈夫、裸じゃないよ、ちゃんと隠してるから」
肌の要所要所に小さなシールが。どうやらそれが水着替わりらしい。
「なにやってるのよ十兵衛! 千より面積小さいなんて!」
「なんと破廉恥な! じゃがこれで出そろった。さぁ宗朗! 誰の抱き枕を選ぶのじゃ!」
「えっ、なんでぼくが審査するんだ。聞いてないよ!」
「おまえしかいないじゃない! さっさと千を選びなさいよ!」
迫るふたり。そこへ、
「ちょっと待った、ですわ! この直江兼続を差し置いて、勝手に抱き枕コンテストとは許しがたいですわよ!」
またまた襖を勢いよく、いや勢い良すぎて蹴倒しながら現れた兼続。
その姿は、素肌にリボンをグルグル巻きつけただけ。赤いリボンが肌に映えてじつに鮮やかだ。
「兼続、キミまで」
「だけではございません。義仙も推参いたします」
こんどは天井板が吹き飛び、その破片とともに落ちて来た柳生義仙。一見、黒の超ビキニ、と見せて、ハーフスルーのボンデージ下着を身にまとっていた。
「ウキュッ!」
さらに義仙の肩には、
「わーい、さっちんも抱き枕だぁー!」
佐助までが。笑顔で声を上げる十兵衛。当の佐助、ふだんの猿形態で、さすがに水着はまとっていない。
「どうなってるんだ。みんなそんなに抱き枕になりたいのかい? こんなのもうぼくにはジャッジできないよ! だからみんな、もう服を着て、あとは話し合いで︙︙」
「ダメよ! 千がここまでやってるんだから! 宗朗! とっとと千を選びなさい!」
「屈するでないぞ、宗朗! わらわを選ぶのじゃ、ロリ属性をあなどるな!」
「お兄ちゃんは十兵衛に決まってるの! ねっ、ねっ! お兄ちゃん!」
そんなふうに、夜が更けても議論は白熱するばかりで、いっこうに収まる気配もなかった。
「︙︙考えてみれば、枕が抱くのではなく抱かれるのだから、抱き枕ではなく、抱かれ枕、が正しいのではないのか」
ボソッ、とつぶやく声が混じった。
「その声は︱︱十兵衛、さん!?」